*Novel's map*

◎・・・・連載
*・・・・成人向け(タイトル横)R18以上はPASS制


陽炎 1

【高×土】




序章


芯の臓をも凍えるような、吹きさらしの冷たくなった足を踏みしめて、男はそこに立っていた。海猫が彼の周りに螺旋を描きついてくる。煩くもその声は高く縋るような一声にも聴こえた。
荒れる海原に舟は前進する。荒々しく波は切り裂け、高杉はそうして乗り越えた、ただ一つの思いに身を投じていた。
掴むことの出来ぬ情を、それは昨日の事の様に思い出して。あの日以来、胸の疼きは止まなかった。
・・・知っていた。決別したあの日から、敵となることも。それは予想などではなかった。
この日が来ることを知っていた。解っていて近づいた。・・・すべてを騙すつもりだった。

約束などした覚えはない。
決して口にしてはいけない、そんな誓いを体のどこかに押し込んで釘を刺して口を閉ざし無きものにする。
鉛の様に重たく冷酷な年月が過ぎようとも、2人の男は石の様に動かなかった。


*

戦は長く、重く険しい修羅なる路であった。
疲労と絶望に幾度と出会った。

勝敗さえまるでわからない。
それでも闘い、この果てにはたして意味があることなのかも見失うくらい道が深いものだと知る。
嫌だとは途中で投げ出すことさえ赤子のように泣きじゃくることも出来ない孤独な途であった。
もしそれができるなら、、、ふと路から逃げることも浮んだが、
それはとても深く、抉るような傷の痕だ。

けれども互いの道は譲らず
まるでどちらか先に朽ち果てるのを待っているかのような苦い戦だった。


爆撃で危うく命まで消されそうになったところを間一髪と仲間に助け出され、
未練がましくも命だけはまだこの世に残していた。
・・・止む得なくその場から一旦退けと彼は命を下す。
もうどうしようもならない足をすり減らしなんとか支えられながらも仲間に抱えられて逃げる途中、
彼はそのまま意識を手放した。


それから幾日が過ぎたことだろうか。
しばらくして、ぼんやりと伝わる人のなにかを感じた。

高杉の意識はまだ深い底の中にいて、そこは朝か夜かもわからなかった。
ただ暗く深い空虚さだけを詰め込んだ穴のような空間。

感情もない。ただぼんやりとみつめて返しても景色は変わることはなかった。
そんなとき、そこに一閃、光が射しこんでいるのを見た。
けれどぼんやりとしたそれは夢であるかのように、思っていた。

・・・はて、此れは、、と自問する。

身体はまだ動きそうもなく眼も開いているのかさえわからない。
高杉は深い意識のなかでその1点だけをぼんやりと捉えているとやがて光は大きく瞬くようになった。

近づくにつれ、それは大きくなる。
不思議と怖さは感じなかったが、気付くと高杉の傍まで迫っている。
そこでようやく高杉の意識が少しばかり返ってくると、
次にはもう、後ろ背に人の気配がわかった。

・・・この感じは、知っている。ほんの少しばかり、預けた背だ、と。


・・・なぜ今更、、。


彼の数年にも遡る戦。
その真っ只中にいて、ようやくそこから連れ戻された。
もはや意識も朦朧としている中、此処が真か偽りかなんて皆目検討もつきやしなかった。
寧ろ此方の方が幻ではないか、そんな気さえしている。
けれども後ろ背からやんわりと包むようなその温もりは
懐かしく思えるように遠く感じた。生きている人間(ひと)のものだった。


それは高杉の、深い深い意識の底に・・・あるもの。
きっと、忘れてしまっているのだ。確かにそれはあったのだということを。
・・・思い出せ。と静かな警告が自分に呼びかけている。

けれどそうやって深く、深く、思い詰めれば詰めるほど
預けた背に伝わるのは懐かしさと哀しさをも
纏っている気がしてならないのは・・・何故か。

高杉の手を重ねてそっと優しく握りしめているその男の手からも、
刹那さが伝わってきている。自分のものとは違った悲しげな感情を高杉は抱いていた。


そんなことが、あるのだろうか。
・・・・先程から高杉は幾度も自分に問う。

現実にそんなことは到底無理なはずだ。
けれど我が胸に抱いているこの切なさは例え己の者ではないとしても・・・説明のし難いものである、と。

しばらくの間その答をなんとするのか、深く沈潜した後で
急に霧でも晴れたような目を瞬きして、ようやく彼はそれを思い出したのだった。
握りしめるその手を見て、はっと我に還ったように。。

・・・思い出した。過去に幾度も体を預けていた男の記憶の一部であったのだと。
まさか・・・、そんなはずはないと彼は買い被る。
まさか自分自身さえそんなことすら忘れていたということも。

そして、もう二度と会うこともないと決別したはずの心を持った自分に
今、あの男が傍にいることはありえなかった。
そんな現実を皮肉に例えて、ようやく嘆くように高杉はひとりごちた。

「なんで、・・・・此処にいやがる。頼んだ、覚えなんぞねぇんだが。」


高杉の知るあの男は、棘を毒つきで返すような男ではない。
寧ろ高杉の方がどちらかというとそれに近い。
表の顔は鬼であると噂には名高くとも、
高杉と会う時は案外、腑抜けた面を持つ優男だった。

耳より聞いた噂は他人の目からみたものであって嘘か誠かまではわからない、らしい。
狐が狸に化ける、とは言うが案外似たようなものだと
最初の内は高杉の嘲笑の的であった。
けれどもこの機が来るまで高杉は、あの男の傍にいた。


それは別に期待、などではない。
ただ静かな夜の間だけ。何も、望みなんかしちゃいない。・・・だが、、、。
どうせこんなことを云っても、あの男には通じないのだろう。
あの男の顔がまた浮ぶ。

高杉が皮肉よりも更に毒のある言葉を返してもあいつは軽く笑っていたのだから。

そんな男と姿形そっくりの男が同じ声色で同じ顔で・・・・
高杉はそんな返しに正直驚いていた。

「てめぇがそう望んだから、出てきてやったのさ」


望んだ・・・?そんなことはない、とすぐにでも返してやりたかった。
それか、いつもなら毒をたっぷりと塗ってやり込めてやりたいと思うのがこの男に対してのやり方だったが、そうしなかったのは、高杉に悠長に構えてやれるほど余裕もなく、・・・なによりも気になっていたのはそんなに軽く自分をあしらうその振る舞いが実に珍しく実に尊いものだと思ってしまったからだ。
もしかしたら、こんなやり取りをしている間に、この現実ではない(と思う)世界、今自分と背を合わせているこの時間が消えてしまうのではないか――、と実にいつもの高杉には珍しい想いを抱いてしまったのだ。




2 に続く。
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